正しい土台

家を建てる時、正しい土台をまず作ります。
土台が傾いていたら 当然家もまともにはなりません。

修行も正師にめぐりあわなといけない。
正師を探し求めることこそ修行である。
そのようなことを道元禅師は書かれているようです。

元がくるっていると 積み重ねて物はみな間違ってしまう。

恐ろしいことです。
さて、我々の生活の話をしましょう。
現憲法 これに基づいて法律ができ私たちが生活するわけです。
法律により私たちの生活は影響を受けます。
では、その憲法がおかしかったらどうなるでしょう。
当然、私たちの生活はおかしくなります。
現に変な事件が多発していますね。
人を人とも思わない事件。
働かないで人をだましてお金も稼ぐ輩・・・

沙羅双樹

世の中おかしいと思いませんか?
みな根本から狂っているのです。

じゃあ どうすればいいのでしょうか?
基に立ち戻って 正せばいいのです。


菩提樹

憲法はおかしいから無効である・・・
そう国会できめればいいのです。

正しい事に戻す それが必要なのです。

                    無知 拝

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差別のない社会

人間には差があるのはあたりまえ。
同じ条件などありえません。

後ろ向きなことを考えず 朗らかに前向きなこと考えるべきではないのでしょうか?

もし、仮に同一な条件になったとして、能力は違うは・・ 性格は違うわ・・
そんなので不平不満がなくなりますかね。

差別のない社会・・
それは、差別を起こすもとがない社会

つまり 人間のいない社会なのです。

差別は無くなりません。

それを利用しようとする人々がいる。
無くなっては困る人々がいる。

残念ながら 現世では人々の心を完全に浄化できません。
じゃあ どうするのでしょうか?

ゴモラとかソドムのようになるしかないのでしょうね。

核兵器をなくすことも一緒にできます。

さあ、差別をなくす最も早い方法をやってみますか?
そこまでぜったい考えたいないなぁ。

                    無知 拝

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憲法とは・・・

私も勉強途上なんで・・ボロが出るでしょうが書くことが大切ですのであげてみます。

まず、憲法は歴史上の伝統に基ずいています。
その国の習慣による取り決めをまとめたものなんです。
ですからしっかりした国 イギリスなどは、成文化された憲法はありません。

日本も明治に大日本帝国憲法をドイツの憲法を参考にまとめました。
ですから、それまでの慣習法をまとめた形になるわけです。
決して考えて一から作ったわけではありません、そこには歴史に裏付けされた民族の伝統が宿っていたのです。

で。。。現憲法?
日本人の精神が切れてしまうのですね。
マッカーサーが作くらせた憲法です。
日本は占領されている時期に作られてもので 日本国の主権は存在しません。
ですから、一方的な命令書のようなものです。

・・・それをほったらかしにしているのはかなり問題です。
ですから、今の社会の歪はその影響だとも言えます。

                    無知 拝

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依存する心

深く考えていないのでお恥ずかしいのですが。
最近 トラックバックとかで パチンコ関連のものがくることがあります。
あれは ギャンブルです。
誰が考えてもそうだと思う。
現実の奇々怪々さは、それを認めていることにあります。
変ですね?

金が絡むと 人間てなもんは どんどんのめりこんでいきます。
だいたい 儲かるようには出来ていないのですが、自分だけは違うと思うもので、どんどん抜け出せなくなります。

韓国では害があると言うことで禁止されたようですね。
で日本に 同胞のためにパチンコの規制をなんとかしろとはなんじゃいな?

パチンコ はまって社会問題を起こす人が多いと思うのですが 国民が行動を起こさないといけないでしょうね。

やる人のモラルだけではだめです。


                    無知 拝

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懐石

私は修業したわけではないので考えは生半可かもしれませんが、思ったことを書いてみます。

懐石料理:高級なものですね。

でも、懐石の本来の意味は違うようです。
伝統料理には禅宗、茶の湯の影響が色濃いように思います。

この懐石ですが、修行中に寒さでお腹がすいてひもじいのを温めた石を抱いて我慢したという説があります。
その際 懐に石を入れるので 懐石となったというものです、それと茶道のもてなしがくっついて懐石料理になったのでしょうけかね?

物事の謂れを考えたり調べたりするのは面白いと思います。



もともと、仏教徒の食事は午前中に済まさなければならなかったようです、でも、寒いところではやっておれませんので 追加されたようです。

禅宗の食事はこんな感じ
朝食(小食)  お粥・ごま塩・漬物
昼飯(中食)  麦飯・味噌汁・漬物・おかず一品
夕飯(薬石)  麦飯・味噌汁・漬物・ おかず二品

これでも別に病気にもなりませんので。。。
今我々の食している食事ってなんなんでしょうね??


                    無知 拝

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子どもの権利

訳のわからない条例が各地で作れれているらしい。
子どもの権利条例とか言うのがあるらしいが。
マニュアルがあって
どこに行くか親に言わなくてもいい
何時に帰るか言わなくていい

プライバシーだそうです。

あほですか?


保護者の責任を全うさせないようにする条例を設定してどうするのですか?

子供は、未成年であるからして保護し導かねばなりません。

すでに一人前として扱うのならば 少年法は差別ですので廃止しないといけませんね。

目的は家族の崩壊ですね。

こんなあほな条例を決めてはいけません。

子供が一人前になるまで親はモラルを教える義務があります。
それを邪魔するような事をしてはなりません。

                    無知 拝

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天は人の上に人を造らず

有名な福沢諭吉翁の名言です。
さて
天は人の上に人を造らず 
 人の下に人を造らず
」 学問のすすめ より

よく、人間は平等であるという事に使われますね。
では、福沢諭吉翁は、そのことを言いたかったのでしょうか?
否です。


天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。

で天は平等に作っているのにかかわらず差がでるのはなぜだろうという問題提議をされているのです。

結論からいいますと、それは学問をしていないからであるとなります。

さて、日教組 平等だ平等だと言って出来る子、できない子を一緒にしてしまい勉強ができない子を増やしているようですね。
 それぞれ個性に合わせて勉強を教えなければならないのを放棄しているのです。

本来なら、どんどん本人のために学問をさせないといけないのです。
ゆとりなんてまやかしです!!

学問をやることによって伸びる力 可能性があります。差をつけないと言ってその可能性を奪ってはいけません。

                    無知 拝

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法律を破ってもいいと決まってる

法律を守りなさいと言う事を否定すれば。
法律は破れと言っているようなものです。
そんなことが過去に行われています。
じゃあ 法律を破ってもいいのですかね?

それはなにか?
教育勅語なんです。
現代語訳の一部を載せます。


 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。


これを国会はGHQの指令により廃止しました。
どんな事になりますか?

いろいろ道徳、を守ること
法律を守ることを否定したのです!!

今はまさにそうなっているのではと思うのですが
考えすぎでしょうか?

                    無知 拝

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人を殺す自由

最近の事件を見ていますと 簡単に人を殺してしまう事件が多いように思います。
これでは、殺人事件のドラマも成り立たないでしょうね。
なぜなんでしょう?
では・・・
なぜ人を殺してはいけないのでしょう?
法律で決まっているからですか?
 法律には人を殺してはいけないなんて書いていません。
じゃあ なぜなんでしょう。

人を殺したはいけないと決まっていたからです。
ただ その前にむやみにが付いていたかもしれませんが。
これは、本能とおっしゃるかたもあります。
私は、民族の伝統歴史に育まれた遺伝子ではないかと思うのです。

戦国時代でも、殲滅戦は、日本の場合そうありませんでした。
有名なのは織田信長でしょうか?
城主が責任をとれば許される場合が多かったようです。
神道は血、穢れを嫌います。
仏教は、殺生を戒めます。
そのようなことでよっぽどでないと人を殺すことはなかったでしょう。

合戦が行われたら 農民たちは見物していたようですね。

さて、昔からの遺伝子、まあ 道徳感を今の教育は破壊しようとしています、自由だ!!、人権だ!! もし無制限の自由を道徳という歯止めのない人間が行使したらどうなるでしょう。

人殺しの自由 が あると言うに決まっています。

ドラえもんの生き返り儀式だと裁判で言うのですからね。

恐ろしい世の中です。

                    無知 拝

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再開

永く籠っておりました。
また、再開いたします。

 無知拝

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